書籍のご紹介

2016年4月21日(木)発売
後悔ゼロで生きるために、
いまのうちにやっとくこと
(大和書房)



内容のご紹介

「私なんて…」と言わなくなった。
人と比べることがなくなった。
死ぬことが怖くなくなった。
……生まれてきてよかった!

「死」を見つめると「生」が輝き出す!

死の「こちら側」と「あちら側」から見た、幸せなこの世の去り方を紹介。
世界一ポジティブに「死」を考えよう!

【第1章】 恥にとらわれない
《死が怖いのは「恥」があるから/四十九日は、恥を徐々に手放すためにある》
【第2章】 体の声に耳を澄ませる
《病気やケガは、自己探求への招待状! /「~ねばならない」モードで生きていませんか?》
【第3章】 本当の想いに気づくレッスン
《寝る前に、敵に感謝を送る/魔法の言葉で縁を終わらせる》
【第4章】丸ごと自分を受け止める
《丸ごと自分を認めると、心がラクになる/1日1回自分を褒める》
【第5章】 死はすぐそばにある
《近しい人は役柄を変えて何度も生まれ変わる/故人が夢に出てくるわけ》
【第6章】 明日死ぬとしたら?
《もし、明日死ぬとしたら?/7つの質問》


生き方を求めて訪れるクリニック・田園調布長田整形外科の院長

長田 夏哉 より

東日本大震災後、死生観に関する本を目にすることが多くなったと感じていたところ、私もこの本を書く機会が巡ってきました。ニーズがある。つまり死を理解しようとする人が多くなっているということなのでしょう。明日自分が生きているかどうかなんて誰もが分からない、確かなのは今、この瞬間生きているということを現実として経験したためだと思います。

最近は死生観と言うことを医師が語るとき、初めてスピリチュアルという言葉も受け入れられるようになりました。私は医療こそ現在の社会のなかでもスピリチュアルな場であると思っています。しかし実際は、医療はスピリチュアルとは対義的なフィジカル(肉体)を扱う場として捉えられ、科学的ではないという理由でまだわずかしか受け入れられないでいます。戦後の医療構造と、それによって育まれた医療信念に基づいていると思います。

一方で、肉体に起きていることに背を向けてしまい、肉体を置き去りにしてしまっている状況も混在しています。

 私はこのどちらか一方に偏重するのではなく、人とは有限である肉体だけの存在でも、無限である意識だけでもない、その両者が重なりあった存在、それが私たちなのです、とお伝えしたいです。この両方が重なりあう存在であることこそが真実・リアル(real)なのです。 

私は医師として23年間人と向き合う中で、肉体にのみフォーカスすることへの虚しさから、人の真の声を聞いているうちに私自身が望んでいることに気づくことができました。それは常に真実を捉え、調和をもたらす存在としてありたいということでした。

そしてこの瞬間しかないということを言葉ではわかっていても、どうしてもまだ来ぬ未来に不安を抱き、今を生ききることができない方に“人は肉体以上の存在である”と伝え、感じていただくことを心から祈っています。

この情熱を出し切れずに心の内に秘めていた私にとって、心友のつうりさんと共にこの
本を世に出すことができたことは大きな喜びです。

つうりさん、ありがとう!

そして本書を一緒に創り上げてくれた(株)チア・アップの梅木さん、大和書房の種岡さん、鈴木さん、ありがとうございました。

2016年4月 田園調布にて

 


数多くの神秘体験をもとに、全国で新しい仏教観を説く僧侶

齊藤 つうりより

いつから人はひとりでは何もできなくなったのだろうか?
なぜ誰かに頼らなければ、自分の生活を成り立たせることができないのだろうか?
なぜ自分だけでは悩みを解決できないのだろうか?
そんなのあたり前じゃないか、人はみんなで協力していく生き物なんだからと、まともな人は言うかもしれない。
仏教の源であるブッダは、生老病死といった人間の疑いようもない常識に大きな違和感を持ち、そこから彼自身の探求がスタートした。
そんな仏教の僧侶として、私は「まとも」な常識に違和感を持つ。
私がいまの時代に対して違和感を覚えるのは、専門家が増えていることだ。
身体の専門家、心の専門家、お金の専門家、人生の専門家。
専門家が増えれば増えるだけ、頼れば頼るだけ私たちは自分を失う。
なぜなら専門家以外の人は、それに手をだしてはいけないというレッテルを張られるからだ。
だけどあなた自身に対して、誰が専門家になれるだろう?
自分で自分をマスターしていくほど大切なものが他にあるだろうか?
私たちは本来自分ひとりで生きていけるようにすべて備わっている。
そういう風に私たちはできている。
近い将来、私たちはこのことに深く目覚めるときがくるだろう。
誰も自分を癒す人はおらず、自分で自分を癒すことしかできないのだ。
誰も自分に気づきを与える人はおらず、自分で自分に気がついていくだけなのだ。
近い将来誰もが自分自身の身体の医師であり、心の僧侶であり、自分自身の意識的な死への導き手となるだろう。
そういう時代がやってくることを確信して、そういう時代への投げかけとして、私はこの本を差し出したい。
あなたがあなたをマスターすること以外に大切なことは他にないのだ。
このことを本当の意味で理解してくださっている長田先生と、この本を作ることができたことが何よりの嬉しい!

またご協力いただいた梅木さん。編集の種岡さん、鈴木さん。
ご縁に心から感謝しています。

2016年4月 高輪にて

後悔ゼロで生きるために、いまのうちやっとくこと
長田夏哉 (著), 齊藤つうり (著)
1,512円(税込)
単行本(ソフトカバー)240ページ
出版社:大和書房 (2016/4/22)
詳しくはこちら

 


 


スピリチュアルドクター、
アカシック坊主と「死」について語る
(ユニバーサルライブラリー)

死ってなんだろう…? 
人生を生きていて、この疑問にぶつからない人は、おそらくいないでしょう。 
死のとらえ方は現代では自由です。 
「死んだらすべてが無になる」。 
「死のことを考えるより、生きることを考える方が大切」。 
「死後、魂は風のようになって、自由にあたりを飛び回る」。 
街角で聞いてみたのなら、皆さん、様々な答えを返してくれることでしょう。

「死」の本質とは「変わること」なのです。

私たちが変わることを拒むとき、死とは恐ろしい恐怖の根源と化してしまいます。しかし私たちが、より大きな自分に開かれ、今の自分を超えたものへと変わりたいと望むなら、死は変容への大きな扉となるのです…!

2013年11月、『現役ドクターと現役僧侶のトークショー 死について語ろう』というイベントが田園調布長田整形外科にて開催されました。本書は、そのトークショーを文字起こししたものです。

院長・長田夏哉は、一日に200人の診察を行いながら、身体の部位や病状のみによって診療を行なうのではなく、ボディ・マインド・スピリットを含めた、全体性とエネルギーフィールドによる診療を行なっています。 
その観点から、どのように死をとらえることが、私たちに真の健康をもたらすのかなどの内容を本書で語ります。 
僧侶・齊藤つうりは、既存宗派の寺院の副住職として10年以上に渡り、葬儀・先祖供養に関わり続け、また一方でアカシックリーディング等を行い、人が真の自分に開かれていくための講座等を行なっています。 
その観点から、死の領域を超えた向こう側の話、先祖供養の本質や、死者が何を欲しているのか、などの内容を本書で語ります。

医師と僧侶とは、死のこちら側と向こう側の組み合わせ。 
この二人が織りなす観点によって、皆さんの内側にある、「死の本質」が開かれてくることでしょう。

スピリチュアルドクター、アカシック坊主と「死」について語る。
・全体性がもたらす、エネルギーフィールドによる癒しと、アカシックリーディングによる死と供養の本質
長田夏哉 (著), 齊藤つうり (著)
Kindole版:101円(税込)
販売:Amazon Services International, Inc.
詳しくはこちら

  
 

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